わたしの体験談 工藤清敏先生 神宝塩

尿管結石がなかったら健康の学びも医療の探求もなかった、工藤清敏先生のお話!

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南 敏和です。

僕にとっては野球で左脚、左膝が折れた日だった‥
お友達の神宝塩で有名な工藤清敏先生のお話

フエイスブックから引用

 
僕にとっては野球で左脚、左膝が折れた日だった
苦難の始まりであった
大学も4年で卒業できず
よく勉強したのに大手企業に就職もできなかった
研究者の道も閉ざされ、大手マスコミにも入れず
挫折感があった
 
しかしこれがあったから今があると思う
今も膝はおかしい
膝をときどきさする
この小さな苦しみを抱えていたからこそ
今があると思う
 
今はイエスキヨトシリトルブッダである 
お腹はブタっぽい 
イエス高須クリニックには到底及ばない
200億円売り上げる美容クリニックなら自家用飛行機もある
僕には200万円のポルシェがある!
売上では負けているが、価値なら似たもんだ
減塩を増塩に変える革命を起こしたら、映画の主人公にもなれるだろう
まあそんなことに必死はこかない
僕はだらだらといい塩の大切さを伝えているだけでいい
 
医療マフィンに殺されるなんてまっぴらだ
医療利権は守らなければならない
アクセルも踏むがブレーキも踏むさ
大人気にならないように会員制にしてクローズにするといいだろう
取材も受け付けない
 
10月10日 足折った日
そして尿管結石入院3回
20歳 ボロボロ 意識は挫折感いっぱい
40年後わらしべ塩長者 
いたって健康 
家族も崩壊させたがみな適当に元気で生きてるらしい
親もさっさと天国行ったし介護生活もない
いっときあったがね
尿管結石がなかったら健康の学びも医療の探求もなかった
あの痛みがなかったら今はなかった
 
もっとたどれば父が酒癖が悪かったことが僕をここに導いた
それ以外は大好きだった父がいないのはちょっと寂しい
まあでも生きていたらめっちゃ面倒な介護老人になっていただろう
そういう世界でもあります
 

これからもよろしくお願いいたします。

神宝塩で健康
(薬のいらない生活)
 

 

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南 敏和

●奈良県大和郡山市出身 住居 A型 ランニング・ゴルフ・食べる・歌う・笑う・温泉・人が好きです。 ※聖火ランナーに選ばれる。 ※走行日程(奈良県)2021年4月12日(月)奈良県香芝市 走行 ※NHKのど自慢 本選出場 2022年6月12日(日)奈良県 田原本青垣生涯学習センター 「恋する街角」山内 惠介さんの曲を歌う ●大阪市中央区南船場(心斎橋)事務所 ●妻・長男・次男・長女 5人家族 ●孫:長男『晴人』『咲成』・長女『えみり』・次男『蒿良』・  次女『えこ』5人 ●特技:気取らず・かまえず・自然体 ●理念:私は出来る・必ず出来る!  (何事にもベストを尽す) ●趣味:ランニング・ゴルフ・カラオケ・一人旅・クルーズ船旅旅行・温泉三昧 ●マイブーム:ランニング ジョギング・マラソン・カラオケ ●人と人との出会いを大切にしたいです。 ●夢:世界一周クルーズ旅行

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